akira’s ねたばれびゅう

韓ドラ中心にしたドラマのあらすじ&感想です。ネタばれしまくり要注意!
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魔王(日本版) 11(最終)話

主要人物二人の結末は、原作どおり。その他関係者は皆殺しで処理しちゃいました。がっかりです。
サスペンスに特化して、エンタメとして面白く作ったと思います。原作ではあまり感じない「韓国ドラマテイスト」が強いリメイクになっていたりと、リメイクとして興味深く見ましたが、結局は「時間が足りないから心理描写しない」という方針が最終回まで貫かれてしまい、心理ドラマとしては浅い作品になってしまいました。
日本ではキリスト教のなじみが少なく、原作にある宗教色を廃する必要がありました。おそらく、リメイクスタッフでキリスト教の影響のある部分を真面目に考えた人は居ないのだと思います。それを何に置き換えるか?という作業は最初から放棄されていた。
そして、最終回までになんとか意味を提示して欲しいと思っていた、弁護士の弟→兄の設定変更。これも意味をまったく成さなかった。しかし、原作の「弟」であるからこその台詞や展開はそのまま使っており、小さな矛盾がアチコチにあるまま終わってしまいました。
いろいろな変更点を、多くの人が宗教を持たぬ日本ならではの形として提示できるのであれば、結論が違ったとしても「韓国版」への返答のような、良いリメイクになるのではないか?と思っていたのですが、そういう志はない作品だったんですね。「復讐は無意味で悲しいだけだ」って程度のことしか言えてない気がします。

二人のラストの対峙シーン。カメラワークや台詞、役者の演技まで、ほとんど原作をなぞってます。なぞっているのに、ちょっとしたことや、今までのエピソードの違いで意味が変になってしまってるのが残念。
特に、ハーモニカを渡すのは・・・。秀雄も許しているという意味にとられますが、「秀雄は秀雄であり、友雄が”秀雄が芹沢を許すかどうか”を決めてはならない」という根本の問題(秀雄が望んだわけでもないのに、秀雄のためといって復讐を始めたこと)を、まだ成瀬は分かってないじゃないか!って思ってしまいました。あそこは、刑事の優しさが詰まったホイッスルが、サイコメトラーを通じて弁護士に渡り、ココに来てやっと「刑事の人間愛」に気がつくという原作エピが、「刑事によって人間愛を悟る」というラストシーンを象徴してるのにな〜。
それと、「これでよかった」という芹沢に違和感が。前回の「死ねと言うなら死ぬ」もだけど・・・。原作の刑事は「生きて苦しむ」ことにこだわってきた人。そうやってもがく事で希望を持ってきた人。その前を向く力がラストの「生きてくれ」というメッセージになって、弁護士に伝わっていく。そこは「許す」とか「理解する」という次元を、「生きる」という動物としての本能と、「運命は変えられる」と希望を持ち続ける人間らしい感情が飛び越える瞬間。善悪・赦しなどの問題が、愛の問題への昇華する瞬間です。これまで、なんども刑事の愛情は、色んな形で伝えられようとして、そして、伝わらなかった。愛を伝えることの難しさを終始書いてきたから、最後の最後で伝わったことが、感動につながる。「コレでよかった」というのは、弁護士が未来を向いて生きられるからであって、自分が死んで償えるからではないってのが、日本版ではイマイチ強く打ち出せてない。
銃を一度は向けるのも「それが弁護士の願いだから。自分は求められてることをすべき」という意味があり、「立場・役目を担ってきた父のような愛情の示し方」としての選択でもある。その上で、「生きて欲しいのだ」という自分の表現の仕方に変化する。
「まだ分からないのか?捨てるものなど何もない」という台詞に対して、「嫌、あなたは神に愛されている」と言い切れるのが原作の刑事なんですよね。そこは完全に造形が変わってしまっていた。(シーンとしてはほとんど原作と変わってないのに)
そして、成瀬の「許してくれ。あなたも俺も。」は芹沢に語るのでなく、社会に・世に・神に祈る言葉にすべきだった。許すのは人ではないんだというキリスト教(というか宗教一般)の大前提について、もうちょっと考えて欲しかった。

あらすじを読むと日本版スタッフが、芹沢のキャラクタを「過去を悔やんで生きてきた」って部分で終わらせてしまっている気がするんです。この物語では、刑事が「過去を悔やみながら、未来を見つめ続けてもがいた人」だというのが大事なポイントだと思うんですよね。刑事はオイディプスなのだから。その強さが、弁護士を未来へと押しやる。日本版が、「未来を見続ける力。運命を変えようとする力」に変わる何かを提示できているわけでもないですし、ココは原作を大事にするべきだったのでは?

あと、サイコちゃん。幸せを語るのに「自然の美しさ」じゃだめだよ。成瀬が絶望してるのは人間の醜さなんだもん。人の美しさを語らないと・・・。原作から、水仙の花を植えるシーンなどから引っ張ってきたんだろうけど、あれは「刑事の優しさ」がつまった水仙から派生するからこそ、意味のあるせりふな訳で・・・。

大きく違ったのはヨンチョル=山野の暴発。刑事の必死の語りかけも、弁護士の説得も効果がなく、彼が「魔王」化していくのが原作。原作ではそのまま”くらいトンネル”に取り残されます。終盤に、サイコメトラーがヨンチョルに会いに行ったりして、彼を止めようとするパートがあり、おそらくヘインが必死に明るいところへ連れ出そうとするだろうというのは示唆されてますが・・・。日本版では、「止める人が居ない」ので、暴発も仕方ないかと思いつつ、止める人が居ないからこそ「止まれない」ことの悲しさは弱かった。
ヨンチョル=山野については、こういう役回りを与えるのであれば、省いた諸々をキチンと書くべきだったし、「誰のための復讐なのか?」という点について、弁護士についても突っ込んだ話を展開すべきなのではないか?原作では「自分の悲しみが本質的な問題で、それが真実を捻じ曲げられた怒りに転化した」という表現になっていたように思います。しかし、日本版では、正義感というか、「亡き弟のために」という部分ばかりがクローズアップされ、弁護士が「自分のことしか見えてない」という部分が弱かった。原作が「復讐される側」の物語ならば、日本版は「復讐する側」の物語で、これは「復活」(韓国「魔王」の前作と位置づけられる関連作品)に近い構図です。「復活」でも、「誰のための復讐なのか?」というのが最終的に問題となって深く掘り下げられた。やはり、復讐する側の物語としては、そこがポイントになるはずで、復讐者のエゴを書き出さなければ、綺麗なだけの復讐になってしまいがちだと思う。そういえば、ラストのしおり&班長・中西のラストは、復活のラスト「愛する人と捜査協力者が浜辺で語り合う」というものに似ていて、多分モチーフとして引用してると思います。しかし、そんな遊びよりも、テーマをちゃんと読みとって取り組んで欲しかったかな?

もう一点の大きな違いは皆殺しラスト。罪を犯した関係者が、全員死んでしまうとラストは、「世の中は因果応報」ということを強調してしまっている気がします。しかし、これは「因果応報ではない」事件が発端です。因果応報なのだとしてしまうと、秀雄も死ぬほどの罪を犯したから、若くして死んだということになってしまわないでしょうか?
原作でも、主役の二人は死亡します。しかし、彼らが死ぬのは、罪の代償としてではなく、ただ彼らの運命がそうだったということです。(芹沢が事故死ってのがそれを示唆してる)神の与える運命は時に過酷です。その運命の中で如何に生きるか?少しだけかもしれないけれど、運命を変えることができる。奇跡は起こる。彼らの間に「理解」が生まれたのは、その「運命を変えた」瞬間です。そして、運命を変えようと自分なりに事に真正面から立ち向かった二人には、死の時=審判の時に救済が行われる。これが原作の「主役二人の死」の意味だと思っています。でも、日本版はそうなってませんよね。このドラマのテーマは「不条理に感じる出来事が起きる」ということに、どう対処するのか?ということ。そして「不条理なことはなくならない」という現実は変えようのないこと。だから「因果応報」では回答にはならないのではないか?と、思うのです。原作は「どんなに過酷な運命を授けようとも、神は人を愛していらっしゃる」というキリスト教の前提がベースにあり。その神を信じられるかどうか?というのが軸になっています。この神の愛は、「未来への希望」とも置き換えられるし、「神に与えられた運命を変える力」ともいえると思います。それらを信じられなくなった弁護士=サタン=ルシファーと象徴しているのも、その考え方によるもの。「愛」に代わる何らかの答えを打ち出せたなら、それはすごいと思うのだけど、それはできませんでしたね。
「復讐は無意味に終わる」「復讐は新たな罪となり、自らに跳ね返る」という懲罰的な要素では、「死にたい」と思ってる復讐者を止めることはできませんよね。それは法による懲罰が、時として無力なのと同じです。日本版は、ここから一歩踏み込んだものを提示できてないと思うのです。

全11話というフォーマットで、筋立てをそのまま使うと成ると、こうなるしかないのかな?基本的に倍速にしただけ(日本版1話で原作2話を消化するペース)で、どれかひとつの事件に特化するわけでもなく、ホントにダイジェストを作ったという感じです。さらに、演出から台詞からそのままのシーンが多くて、ツギハギだらけでしたね。そして、ツギにあたる独自部分の質の低さが目立ちまくった。2時間の映画でも、このようなテーマについて突っ込んで描いた作品があるのだから、時間を言い訳にせず、思い切って筋立てを変えるなどをして、テーマに切り込んで見て欲しかった。

あらすじ↓
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魔王(日本版) 10話

結局は、原作ままのラストになりそうですね。初回から気にしていた、弟→兄の弁護士設定の変更も、今のところはあまり意味を加えられてないです。
あと、公式HPの裏魔王。原作と違うオリジナルだ!って主張している部分は、あんまり効果を上げてない。「かなり出来ない、感情的な兄貴が犯罪を犯してしまう」よりも、「頭もよく状況判断も出来そうな理性的な兄が犯罪を犯してしまう」方が、より「誰にでも悪に落ちることがある」ということを際立たせるのでは?それに、父→刑事への信頼は、原作でもちゃんとかかれていて、あんなにあからさまに説明的な表現をすることを「原作ではかかれてないオリジナル!」と言われるとがっかりです。ホントにハッキリ説明されないとわからないのか!って感じ。

他の気になる点
・ヨンチョル=山野をもうちょっと掘り下げてくれ〜。
・成瀬・芹沢の対面は、イマイチでしたね。芹沢→成瀬への信頼というか、共感が弱いし、成瀬側も反応が鈍い。
・音楽がウルセー。
・成瀬・父親対峙は、成瀬側から身分を明かす形にしましたね。父親が小物に書かれているので、原作ほどのスリリングな対決にはならず・・・。しかし、鷹揚に受け入れる父親像というは悪くなかった。原作は、弁護士のゲームに付き合ってあげる感じで、ある意味「対等」に扱っていたけど、これはこれでよい。しかし、非常に説明的な「あれが正しいことだと思った・・・」と。
・死んで謝ります・・・これは、絶対に言わせてはならない台詞。「自殺」を認めることは、殺人を許可すること。だから死ねなかった。「生きよう」とし続けることだけが、反省を表す方法。
・今まで泣きすぎたので、しおり&成瀬の対面シーンもイマイチ。あと、成瀬が「やさしく笑う」はうそだろ〜。隠されたやさしさという共通点を芹沢と持たせたほうが良かった。
・原作では「社会的には刑事は故意に刺したと思われていて、法律的には正当防衛」というのが、結構重要。どちらも真実ではない。法的には償わなかった刑事だが、社会的には「故意に刺した」という実際より重い重荷を背負っている。彼が真実を明らかにしないのは、それが「重荷を軽くすること」であるからだし、謝罪も「真実を共有できるのが死んだテソンだけである以上、謝罪は成立しない(謝罪というのは、事実を共有し、何が間違っていたのか?ということが被害者・加害者で一致しないと出来ないもの)」ということが絡んでいる。

あらすじ↓
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魔王(日本版) 9話

原作18話終わりで友人の不倫が発覚する所まで。原作の残り時間は2話約130分、日本版もあと2話で90分ほどでラストとなります。
しかし、これは事件の局面がそうだというだけで、原作ではラストに向かうために各登場人物が複雑に絡み合い、想いが錯綜しまくってる状態ですが、日本版の方はコレから過去に遡ったりしないとならない状態なので、やっぱりあと2話も駆け足で頑張らなければなりません。

愚痴の前にあらすじを↓
芹沢は成瀬の正体が死んだはずの真中友雄で、彼こそが真犯人"雨野真実"だと遂に突き止める。
その頃、直人の友人・宗田は、大隈に拉致され、暴行を受けていた。葛西の姿を見つけ、助けを求める宗田。葛西は「最後は自分でケリをつけます」と大隈と部下達を帰らせ、宗田と2人きりになる。葛西は典良からの命令だと告げ、一発だけ宗田を殴りつけ「お前は今、死んだんだ。二度と俺達の前に現れるな」と見逃したのだった。そこに現れたのは、典良。宗田にタバコを差し出す。タバコには青酸カリを仕込んであった。葛西の万年筆を現場に落とす典良。

その頃、芹沢の携帯電話が鳴る。着信は、宗田の携帯。殺害現場で宗田の携帯を使い、直人に電話をする成瀬。携帯電話の電波で発信エリアを調べ、現場へと急ぐ。宗田の亡骸にすがりつき泣き叫ぶ直人。
芹沢は成瀬を呼び出し、「あんたの正体は死んだ英雄の兄、真中友雄だ」と殴り飛ばす。しかし「真犯人だという証拠を持ってきてください。早く私を捕まえてください。」と冷静に言い放つ成瀬。

宗田の死因が薬物による中毒死と判明。また、現場で発見された万年筆は葛西のものだったことが分かる。「俺じゃない!」と必死で犯行を否定する葛西。葛西を取り調べる芹沢の元に、成瀬が弁護人だとあらわれた。成瀬は「目的は葛西さんの無実を証明することです」という。葛西は麻里との関係を隠すために、アリバイを証言できない。そんな葛西に「真実を語ることだ」と助言する成瀬。
警察の交通監視システムに犯行時刻あたりに、葛西の車が現場近くを通行したことが分かった。家宅捜索により、葛西の机から青酸カリが・・・。被疑者として送検されることになった葛西。「諦めるんですか?このままでは無実の友人を殺人犯にしてしまいますよ」と大胆不敵に言う成瀬に、「お願いします!悪いのは俺です」と領に土下座する芹沢。「人は大切な誰かを庇うとき、真実を隠すものです」とヒントを残し、領は去っていく。

事務所に戻った成瀬を、しおりが待っていた。「早く気づけなくて、ごめんなさい。もうやめてください。あなたは、本当は優しい人です」と犯行をやめるよう説得するが、「もう止められないんだ」としおりの前から姿を消してしまう。しおりは芹沢の元を訪れ、捜査を手伝いたいと言う。宗田に届いたタロットカードをサイコメトリーすると、葛西と麻里が不倫していたのではという疑念が湧き起こる。

芹沢は留置所の葛西に「嘘だと言ってくれ!」詰め寄った。目をそらす葛西の態度で、葛西が麻里を庇うために嘘をついているだけで宗田を殺していないと確信。葛西は「俺が宗田を殺したんだ!あの人を巻き込まないでくれ!!」とすがりつく。成瀬の「楽しみですね。あなたが真実を知ったとき、どんな選択をするのか」という言葉を思い返す芹沢。

その頃、成瀬は英雄と母の写真に向かって呟いていた。「もうすぐ、全て終わるよ」

で、ココからは韓国版ファンの愚痴混じりの感想↓
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魔王(日本版) 8話

魔王(日本版) 8話
16話あたりですね。3つ目の事件にも、1,2の事件と同様に容疑者がすぐに見つかるという展開だった原作から離れたので、かなり展開が変わってきました。ここからラストまでの間に、どれほど強いメッセージを示せるか?期待してますよ〜。

まずはあらすじ↓
成瀬は、しおりを抱き寄せてしまうが、その目には涙が…。11年前、英雄が刺された事を証言した少女・しおりに、「弟の為に証言してくれてありがとう」と傘をあげた記憶を思い出していた。
 
芹沢は池畑の言葉から、“真中友雄”が生きていると確信。池畑が持っていたタロットカードをサイコメトリーして、無罪判決が出た日の残像を。犯人からの「自分は“真中友雄”だ」というメッセージに違いないと受け止める。しおりが「その人に会ったかもしれない」と、遠い日に傘を貸してくれた青年=真中友雄を思い出した。

成瀬はしおりの事が気になり復讐心に迷いがでる。成瀬は、芹沢がしおりの元にタロットを持ってきたことに愕然とする。赤い封筒を送ったのは山野だった。「芹沢を許すんですか!?」と言われ、ハッと我に返る。

宗田にホテルの支配人として雇ってもらえるように交渉してこいと言われた葛西。しかし、実は麻里と葛西の関係を知っている典良は、11年前の事件の事で脅されていると嘘をついた葛西を許せず、要求を拒否した。
宗田は鬼気迫る様子で「嘘の証言を強要され、その罪悪感から人生を無茶苦茶にされたんだ」と葛西に迫る。
赤い封筒が届く。あて先は書かれていない…。殺人予告のタロットカードは、葛西と宗田のどちらに宛てて届いたのか…?犯人の真意を測りかね、激しく動揺する二人。芹沢がやってきても、言いだせない2人。

父・栄作は、長男・典良に一大プロジェクトを任せる決意をしていた。スキャンダルが困る典良。宗田が葛西と麻里の不倫を「マスコミにバラす」と脅していると聞いていた典良は、宗田を殺す決意をする。
葛西は典良から、「大隈に処理させることにした」と告げられ、愕然とする。友人を殺す決断が出来ない葛西だったが、何気ない成瀬の一言で、麻里を守るために宗田を処理する決断を下し、大隅に連絡する。帰宅した葛西は、芹沢の訪問に驚いていた。尾行されている事を知った宗田が、自分に警備を付けさせるために芹沢を呼んだのだ。
 
芹沢は、真中友雄死亡事故の新聞記事から、友雄が行動を共にしていた家出少年と入れ替わったのではないかという考えにたどり着く。池畑が真実を聞きだした藤野という男性に真相を聞いてみるが…なんと「知らない」とだけ答え、足早に去っていかれてしまう。実は、藤野の元にも赤い封筒が送られてきており、その中には口止めを強要する手紙と藤野が女子高生と密会している写真が入っていた。

成瀬は迷いに迷って、花火大会に遅れてやってきた。簡易花火で楽しそうにはしゃぐしおりと、その隣でこれまでに見せたことのないような笑顔を見せる成瀬。「最後にいい思い出が出来ました。会うのはこれが最後です」と決意の表情で告げ、去っていく。突然のことに悲しみを堪えきれないしおりは、以前領に貸した傘に思わず手を置く。傘をしおりに握らせる友雄の姿をサイコメトリーしてしまった。「成瀬さんが真中友雄…」

真中友雄が補導された時に一緒にいた少年の名前 ―――そこには『成瀬領』の文字が!

その頃、宗田の元へ魔の手が近づいていた…。玄関を開けたとたん、スタンガンで気絶させられた宗田。

原作ネタばれ込の感想↓

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聖書で「カインとアベル」を読んでみる(魔王に関連して)

旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)新約聖書を知っていますか (新潮文庫)ドラマ「魔王」において、キリスト教の影響はかなり明確です。
しかし、多神教文化で生まれ育った私にとって、この宗教はなかなか理解しがたいものがあります。西洋の芸術に触れれば、自然とキリスト教の影響を感じることになります。美術・文芸・音楽・映画・・・。「聖書に詳しければな・・・」と思ったことがあるのは、私だけではないでしょう。芸術だけでなく、哲学や科学、政治にも色濃い影響があり、西洋文化のベースになっている宗教について、知って損はないハズ。そういう下心で聖書をパラパラと読んだことがあります

ですが下心があるからダメなのか!!聖書は読んだだけで簡単に理解できるものではありません。
神の教えが簡単に分かる訳がない。それが、当たり前なのかもしれません。しかし、「なんでこう、神様は理不尽なんだよ」って気がするんです。軟弱野郎な私にとって、この神は厳しすぎ、難解すぎる!

そんな非信者の気持に沿いながら、聖書をダイジェスト的に語ってくれるエッセイがあります。阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」です。新潮文庫になり、○○フェアみたいなキャンペーンにもよく入っている定番で、私も何度か読み直してます。

聖書をやさしく解説する本というのは沢山あります。しかし、多くが信者でもある作家が書いたものなのです。
阿刀田さんは、私が聖書を読んでいて「・・・」と言いようのない気持ちになった部分を、巧みに言葉にしてくれます。その上で「自分の常識で考えようとせずに、まず彼等の考え方を理解しようとしてみよう」という試みをやってくれます。そういう「自分とは違う思考のパターン」と知ることができるだけでも、聖書を読む助けになっていくと思います。
「なにせ、神の伝えた言葉。簡単に分からなくて当たり前だ」そう思えるだけでも、取り組むのが楽になるってものです。

そんな楽な気持になってから、今回のドラマに関係がありそうな、人類最初の殺人「カインとアベル」の話について考えてみたいと思います。

繰り返しになりますが、私は「聖書をパラパラめくったことがある」程度の経験しかありません。間違って理解していること、誤解していること、表現に不敬な所などがあるかも知れません。温かい気持ちで見守って頂けると幸いです・・・。
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魔王(日本版) 7話

原作14話まで来ました。
一話の中に関連するエピソードを詰め込むのが、日本版のやり方。今回は、成瀬を「成瀬」として愛している人々によって、成瀬の感情を揺らして見せる回。芹沢の方は、家族同士が疑うというパート。

なんか、今回、愚痴&ネタばれ以外の感想ないので、あらすじ先にします。


あらすじ
池畑のポケットから、赤い封筒と自分に送られたのと同じ「ソードのエース」のタロットカードがでてきた。芹沢は父の元に行き、「…池畑が死にました。取引すると呼び出して、襲わせたんじゃ?」と問いかける。
池畑の死は、“事故死”と処理されそうに。父に、「本当の事を話して下さい!」と迫るが、成瀬が顧問弁護士として庇う。「自分の父親も信じられんのか」と言う栄作に、芹沢は「もう、父でも子でもありません」と言葉を残す。

池畑のアパートは荒らされ、証拠が隠滅されたようだ。「池畑は雨野の正体を突き止めていた・・・」池畑が殺された倉庫の近くで宅配便の伝票が発見される。池畑→成瀬真紀子で、「CD−R」だ。

真紀子に送られたCD−Rの中身は、池畑が資材置き場の人間から聞きだした成瀬=真中の証言。衝撃を受ける真紀子。
誕生日だと言って真紀子に呼ばれた成瀬。そこに芹沢が訪ねて来て、「CD−Rは届きませんでしたか?」ヤバい!となるも、流れてきたのは音楽だった。真紀子は成瀬を庇った。

真紀子は成瀬に静かに話し始める。助かる見込みがない病気を患い、生きていて良かったなんて思ったことは一度もなかった。「でも、あなたが、私の希望だった」と語る。
「私はあなたを信じてる…亡くなった領が信じたように。お誕生日おめでとう…領」溢れ出る涙を流しながら、成瀬は「ありがとう…姉さん」と答えた。(これが10年に及んだ姉弟の最後の会話となった・・・。と公式HPには乗ってるけど、今後も真紀子は捜査対象だろうに、会わさるをえない事態が起こる可能性を残してる段階で、公式でネタばれしてどうするんだ。)

芹沢の兄・典良が妻・麻里と食事をしていると、宗田がやってくる。麻里は動揺し、葛西に別れると言い出した。全てを捨てて麻里と生きていってもいいと話す葛西に「私は…そんなつもりないから」という。
宗田は、秘密をバラされたくなければホテルの支配人として雇ってくれれと言う。葛西は激怒。「今度彼女に近づいたら殺すぞ」と、脅しつける。しかし、典良の元にも赤い封筒が届き、葛西と麻里の密会写真が入っていた。

芹沢は、池畑の「死んだ奴が相手じゃ捕まえらんねえわな」という言葉から、直人は真中友雄がまだ生きているのではという疑念を持つ。
「大切な人を欺いてまで、なぜ生きているのか」と迷う成瀬に、「もしかして復讐を迷っているのか」と問い質す山野。山野は真紀子に会ってないから、単なる駒としか見ていない。

成瀬が事務所へ戻ると、事務長らとしおりが待っていて、誕生日会を開いてくれた。ソラが描いた自分の絵を見たとき、罪悪感で一杯になる。
苦悩する成瀬を心配したしおりは、思わず言う。「何を悩んでいるのか分かりませんけど、力になれることがあれば言ってください。私じゃ、成瀬さんの天使になれませんか?」
成瀬は、思わずしおりを抱き寄せ、声を殺して泣いた。

で、
韓国版ネタばれを含む感想です。↓
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魔王(日本版) 6話

原作 12話まで来ました。前回、11話までだったんだけど、結局は1話で原作2話分進めるのが精いっぱいなんですね。それでも3倍のスピードなんだけど・・・。

記者死亡まで来ました。六平ワールド炸裂しまくりでしたね〜。原作とは最もかけ離れた被害者像になっていた記者。あまりにあからさまに「悪い」んで、サスペンスとしては盛り上がりましたね〜。顔だけで怖いっつーの。原作の記者の造形は、視聴者にも「あなたも悪の一人ですよ」って言ってくるキャラクタでした。これについては、後で詳述します。

あと、成瀬が顧問弁護士になったのが早かった理由が分かりました。父親を事件が巻き込み、自分が事件に何故か関わることになるのは顧問弁護士になったからと見せたいんですね。事務長が居ないので、こういう措置が取られているんだな。割と、上手く処理できてるかな〜。
弁護士の正体を察しつつ、自分の手元に置くという、刑事の父の「巨悪」らしい腹の据わり方が見られないのは残念だけど、仕方ないだろう。

今回は、日本版への愚痴を簡単に叫ばして欲しい!!我慢できない!!
・スローモーション使いすぎじゃない??
・主役二人が台詞が長くなると、ホントに厳しいですね。
・「愛する資格なんて・・・」あれを台詞、それも独り言としてまともに言わせるなんて、下品すぎる!!

さて、原作との比較などから、つらつらと考えたこと↓(韓国版・最終回までのネタばれあり)
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魔王(日本版) 5話

原作11話終わりまで。
完全に韓国ドラマ「復活」に近い表現になってきました。復讐者の物語として書こうとすると、どうしてもこうなるのかな〜。今回は、美味しいシーンをかなり集中投下してましたね。
そして、アナグラムなどで、原作以上に明確にヒントをだし、簡単にたどりつけるように意図している弁護士。「早くやってこい」「早く止めろ」という要素を強調して、「本当は復讐なんてしたくない」という側面を出してますが、これはちょっとやり過ぎっていうか、復讐者を美しく書き過ぎかな・・・。あと、後悔し始めるのも、ちょっと早すぎる。その方が、成瀬の悲しさは際立つんだけど、この先にもっと苦しい地獄が展開する予定なので、早すぎる気がしちゃうんですよね〜。

あらすじ↓
成瀬は、姉の真紀子を見舞うために海沿いのとある病院を訪れていた。スイカの思い出を語る真紀子に、一緒に生活した少年の思い出を呼び起こし、回答する領。

図書館で“芹沢直人様”と書かれた赤い封筒を見つけた芹沢は、ソードのエースのカード(避けられない変化が起きる)と手紙LIVE=EVIL(生きることは悪いこと)を見つける。
“倒れる鉄骨”“ロッカーから赤い封筒を取り出す山野の姿” がサイコメトリーされ、山野に再アプローチする。「やるなら他人を巻き込まずに、自分の手で俺を殺せ!」と山野に迫るが、山野は「…僕は君みたいな人殺しじゃない」と言い捨てて去っていく。このシーンの芹沢は演出ミスじゃないかな。原作の方が、刑事の闇の深さを浮き彫りにしてました。

成瀬と山野は、人気の無い公園で背中合わせに座り、復讐計画の相談。復讐計画の全貌を知りたがる山野に、「知らないことで救われることもある」という言葉を残す成瀬。
そんなある日、成瀬はしおりから「すぐ来てください!」と呼び出される。「空のママは人殺しなの?誰が人殺しなの?早く捕まえてよ」と、抱きつかれた成瀬だが、罪悪感からしっかりと抱き返せない。しおりも「その人を止めたいんです。その人もきっと辛いから。誰かに救って欲しいんだと思います。だから、犯人からのメッセージを読み解いてあげないと」と、神曲の本から残像を読もうとした瞬間、しおりは意識を失う。「…もう、止められないんだ」

捜査課では、AMANOMAKOTO→MANAKA TOMOOのアナグラムに気がついた。友雄が鉄骨の下敷きになって死んだことが分かる。鉄骨の件で連絡を入れた芹沢に、しおりは11年前の事件の第一発見者だと語った。しおりもまた、巻き込まれている人物の一人。

父親が刑事を辞めるよう言う。 「いつになったら信じてくれるんですか?」と訴える芹沢。
十一年前のあの事件の時、英雄を刺していなかった。ナイフを持つ手で腹を殴りつけただけだった。運悪くナイフが刺さってしまったのだ。「あの事件だって、少年院に行ってもブン殴られても良かった。ただ、父さんに信じて欲しいだけだったんだ!」と、父親に感情をぶつける。

絶望し酔っ払う芹沢の元へ成瀬が現れる。「犯人に会って聞きたいことがある。人は本来正しいものなのに、俺のせいで悪い奴にしてしまった」と語る直人に「諦めないで下さい。どうか早く犯人に辿り着いて下さい」と言葉をかける。
成瀬の元に赤い封筒が届く。中には塔タロットカード。池畑が訪ねてくる。 10年前に事故死した少年の話を、少年を知る藤野という人物に聞いたと言いながらゆっくりと語り始める池畑。「真中友雄さん」と呼んだ。


あとは、諸々の疑問と愚痴。日本版ファンの方は覚悟してみてください。
韓国版ラストまでのネタばれあり↓
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伝播していく想い(魔王を考察する)

韓国版・日本版を見ながら、改めて「魔王」のテーマについて考えてみたいと思います。
思い切り韓国版最終話までのネタばれなので、ネタばれが嫌な方は、ここで止めてください。


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神曲について(ドラマ魔王に関連して)

神曲〈1〉地獄篇 (集英社文庫ヘリテージシリーズ)神曲 上   岩波文庫 赤 701-1やさしいダンテ〈神曲〉4話では、ダンテの神曲が出てきました。概要については、ウィキペディアで読むことができます。
ウィキペディア「神曲」のページ

地獄篇(Inferno)煉獄篇(Purgatorio)天国篇(Paradiso)三部構成。
三行を一連とする「三行韻詩」であり、各篇は3の倍数である33歌から構成されていることになる(地獄篇は序章となる1歌を加えた34歌)。キリスト教における「三位一体」を文学においても表現しており、引用された地獄の門でも、三位一体である「父と子と聖霊」についての節がある。ドラマ中で、この図書が分類番号333に置かれているというのも、この「3」という数字へ意味づけです。

あらすじはこんな感じ。
西暦1300年の聖金曜日(復活祭前の金曜日)、暗い森の中に迷い込んだダンテは古代ローマの詩人ウェルギリウスに出会う。彼に導かれて、地獄・煉獄・天国と遍歴。
地獄の九圏を通って、地球の中心部、魔王ルチフェロ(サタン)の幽閉されている領域まで至る。
そこから、地球の対蹠点に抜けて煉獄山にたどりつく。煉獄山では登るにしたがって罪を清められていき、煉獄の山頂でダンテはウェルギリウスと別れることになる。
ダンテは再会した永遠の淑女ベアトリーチェの導きで天界へと昇天し、各遊星の天を巡って至高天(エンピレオ)へと昇りつめ、見神の域に達する。
原題はLa Divina Commedia 神聖なる喜劇(ディヴィーナ・コンメディア)。悲劇ではなく結末に救済されることを意味する。
ファウスト同様に、地獄を見た後に「救済」が与えられています。ファウストも、神曲も「作者」が主人公と言ってよい作品だと思います。そして、彼等は未来の救済を信じ、それを文学にした。


今回、引用されたのは「地獄の門」についての一節です。地獄篇の第3歌。いよいよ地獄へと踏み込んでいくダンテの前に現れた地獄の門。

ドラマでは 冒頭の一節が次のように訳されています。これ、出展が分からないんです。韓国版の日本語字幕と一緒ですね。韓国版ドラマで、イタリア語から訳されたものを、日本語に訳したのかな?
私の持っている山川訳と比べると、「ここを通り過ぎて、俺の所にやってこい」というメッセージが強く打ち出されているように感じますね。

(ドラマ「魔王」より)
苦悩の都に向かう者、我を通り過ぎよ
永遠の苦痛に向かう者、我を通り過ぎよ
魂を失った人を訪ねる者、我を通り過ぎよ


(岩波文庫版の山川丙三郎訳)
我を過ぐれば憂ひの都あり、
我を過ぐれば永遠の苦患あり、
我を過ぐれば滅亡の民あり

義は尊きわが造り主を動かし、
聖なる威力、比類なき智慧、
第一の愛我を造れり

永遠の物のほか物として我よりさきに
造られしはなし、しかしてわれ永遠に立つ、
汝等こゝに入るもの一切の望みを棄てよ

つづく一節では、父=聖なる威力、子=比類なき智慧、聖霊=第一の愛、と三位一体の神が地獄の門を作った事が説明されています。


これを元に、ロダンがブロンズ像を作りました。作品は未完です。有名なの「考える人」も、この門の上で、門を通過する人々を見据える存在として作られました。これは、地獄をめぐり、罪人たちを見ることになる「ダンテ」自身を象徴している存在です。

ドラマ中では、「目を閉じた彼が目を開くとき、審判が行われる」という説明がなされます。多くの罪と悪を見つめつづけ、自らを「審判者」と定義する弁護士の意志が見受けられます。
弁護士は「審判者」と自分を定義しています。それはキリスト教におけるロゴス=(言葉、論理)の象徴=キリスト(三位一体での子)への挑戦でもあるように思います。人間社会での法でも、神との律法の誓いにおいても、刑事が罰せられてないように見えることに、彼は疑問を持っている。自ら「論理」を創造し、それに従って審判を行う。だからこそ、弁護士はルシファーに模されている。

ロゴスは、ミュトス(物語)と対比する言葉。空想し物語る言葉ミュトスに対して、論証する言葉ロゴスがある。しかしながら、弁護士が行おうとしているのは、本当に「理性」「論理」によるものなのか?決してそうではない。そこに、弁護士の誤算がある。


このドラマで、「ダンテ」となり地獄の中に踏み出すのは刑事。そして、その最下圏・第九圏裏切者の地獄 -「コキュートス」(Cocytus 嘆きの川)と呼ばれる氷地獄で待つのが、「ルチフェル=ルシファー=サタン=魔王」。コキュートスは「裏切りものの地獄」で、裏切りが最も重い罪だと定義されている。
弁護士自身が、自分は審判者であると同時に、罪人ルシファーであると思っていることが、この引用から分かります。では彼の罪「裏切り」とは何か?
兄弟を救えなかったことか?真実を明らかにするのを諦めてしまったことか?神を信じなかったことか?日本版では、どのように作ってくるのか?興味深く見つめて行きたいと思います。

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魔王(日本版) 4話