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薔薇のない花屋 11話

薔薇のない花屋うーん、「人生は素晴らしい」ということを伝えるのに、このドラマは成功しているとは思えませんでした。私は、ドラマが綺麗事を書くことに基本的に賛成派です。現実は甘くない。しかし、美しいものの残酷さや、現実の醜さを知っているからこそ、「美しい物語」に人は願いを込める。壊れやすいからこそ美しいとも言える。そういうことが伝われば、綺麗なだけでも問題ない。
しかし、こんなに雑なセリフ、雑なエピソード、雑な演技では、ダメだと思う。演出が「絵的美しさ」を追及しているのは分かったけど、全体として粗忽なドラマだったなと思います。
このドラマの一番気になった点。それは7年間の空白。7年積み上げたきた雫との生活で英治が何を学び、何を得たのか。それは愛され、愛を信じることだけではない。愛することの難しさ、誰かに親切にすることの難しさ。その上で、愛そうとする。こういうことが上手く考えられてないんですよね。7年を語るエピソードが必要だということではなく、セリフの選び方や現在のエピソードで示唆出来たんじゃないかと思う。
一点、こちらが誤読したまま中盤まできてしまったことがあります。英治の「俺はいいよ」病は、ルイの性格を模したものと思って途中まで見てた。そうじゃないんですよね。脚本的にそう思わせるようなラインが引かれてたと思うけど・・・。じゃあ、同じ「俺はいいよ」病のルイと英治は、拒絶されることの怖さを共有しているのかな?と思ったけど、結局ルイは「私は十分愛された」ということが最終回で語られた。この部分は、ちょっと複雑な構造になっている。
愛されて育ったから、他人から見ても不幸と思われるような状況でも常に幸せで、幸せを与えようとするルイ(与えようなんて考え方は子供過ぎるけどルイは子供だから)。一方で、愛されず、一瞬の幸福のあとは絶望だと思っていたから「幸せが怖く」て、幸せを譲ってしまい、結果的に幸福を与える英治。それが、雫誕生後に「譲るのではなくて与える」方法を、彼なりに模索していく。でも、結局「譲る」という従来のやり方を選ぶことが多くなってしまう。度をこした自己犠牲で自分を大事にしないままでは、まだ英治は愛を信じているとは言えないのではないか?しかし、彼は自分が愛を信じていると言い聞かせて生きる。7年の積み重ねで、愛が自分の血となり肉となり、確かに自分のものになっていく。これに気がつくきっかけが、院長による復讐で「愛を試された」ことというドラマの構造。つまり、あらかじめ無意識レベルで知っていることをハッキリと認識していく作業。
ラスト、英治は泣くことができました。幸せの場所から逃げようとしたとき、引きとめてくれる人(これは幸せに貪欲な女ミオ)ができた。これは大きな変化でしょう。しかし、英治の表情はまったく変わってない。笑顔一つとっても、全然違う表情になるはずなのに・・・。これは絶対に演出&役者のミスだと思うなあ
ま、傑作の喜多善男よりも、このドラマのほうがレビューは長いんですよね。喜多さんは「とにかく見て!」って感じなんだけど、こっちは「何が悪いんだろう?」って考えちゃうんで筆も進む。

では、最終話のストーリーに沿ってレビューを。↓


電話での告白。雫がお母さんの写真を眺めながらっていうのは良かったですね。「違う方法もあったかもしれない。死なずに済んだかもしれないと悔やんで生きてきた。だから、せめて償いとして育ててきた。大変だだったけど、君が生きる意味となっていた。君を自分の娘のように思っていく。だから、雫もそう思ってくれたらと思う。お休み」これは、もの凄く残酷な言葉ですよね。違う方法っていうのは、雫を生まない選択な訳で。今の雫がその意味を理解できるか?という問題は別として、彼女が大きくなった時に、その意味を知るってことを英治は考えないのかな?突然の告白だけど、「話そうと思っている」と言っていた以上は、英治はどうやって伝えるかってことを何度も考えてきたと思うんですよね。ここで、こういう残酷な言葉が出てしまうってのがなあ。英治の不器用さなのかもしれないけど、不器用って言うよりも思慮の浅さが目につく。あんなに暴力の怖さについて語っていたのに、言葉の暴力というものに鈍感じゃない?そういう設定なら分かるけど、シュンが受けた言葉の暴力には敏感に反応している訳で。
手術中。シュンは悪化した父のために澪を連れ込んで「声をかけろと」。これは、ミオの叫びよりも、シュンが結局は人の気持ちを信じているってことの方に感動しました。シュンはこっそり雫の学校に。転んじゃった友達に駆け寄ったイイ子の雫。シュンは親切にすることが人を傷つけることもあると知っている。そのことに縛られて、何もできなくなっている。何かする時は、周到に「なぜするのか?」という言い訳を自分に対して用意してる。
シュンと英治の関係。実はここが一番肝心なファクターで、きっちり掘り下げないとだめだったんじゃ?ひっぱりすぎましたね。「俺たちが信じているのは俺たちだけ。泣いても意味がないと知っているから、泣いたことがない。なのに雫って名前なんだな」とシュンは英治を理解している。英治は「年取って1人に耐えられなくなったら、本当の父親だと紹介する」と渡米するシュン。ハリーポッターの新作だと渡したDVD。
それはルイのメッセージビデオ。「連絡ないから、捨てられちゃったんだろうなあとは分かってる。いつか訪ねて来て本当に俺の子か?と聞く。それからが勝負。私とこの子の勝ちよ。ウィナー」。シュンはこんなビデオを見なくても、一人の時はルイの思い出に温められ、ルイに懺悔するような人物として描かれていると思うんですよ。だからルイはシュンに魅かれたんだろうし。シュンの視点だと「自分が捨てたものだから、捨てられることはない」という安堵もある。「まだ捨てきれなかった」ということを再確認させるためのビデオなんだけど、そこに英治が踏み込むことは、やはり無神経なんじゃないだろうか?たとえば、この最後のメッセージだけは、英治ではなくルイが一人で撮影したものだという提示があったりすると、かなり趣が変わるんだけど。
あと、ルイの言う内容も微妙だしな。勝ち負けの問題かいって気もするし・・・。ま、「若くて残酷」な子供のルイの言うことだから、アリかなあ?(ルイパートに関しては、やはりユイカは良い女優だなって印象が強かったです。おそらく、英治が背負わねばならないセリフを、かなり分担してくれました。これが、前述した誤読を生んだんだけど、香取君の力量を考えると、これがベストだったと思うしね)
ミオ父。お花畑を見た。「綺麗なバラがあったけど、棘があるからそこに行っちゃ駄目だと思って、振りかったら・・・。くたばってたまるか」と。尾藤さん、良い演技してますよね。ミオ父問題っていうのは、「虐待じゃないけど傷がある関係」で、ミオと英治やシュンとの類似性を示すもの。ただ、彼女には「和解」の道が残されている。これは、雫と実父シュンとの間で起こるであろう遠い将来の和解の可能性を提示している。
英治は院長に呼ばれて謝罪を受けた。花や資金を出すという院長に、知り合いに借りたから良いという。シュンが帰ってきやすいようにという配慮なのか。ルイの事には責任があるという英治に、「あの子は一人でも産んだだろう。雫が助かっただけでも、ありがとう。雫も返そうと思う。憎しみで奪い取っては・・・」と院長。しかし、「あなたの支えになっているでしょう?雫をルイさんのような女性に育ててほしい。『あふれる位の愛情をパパから貰ったから、これ以上もらえなくても平気なの』と言っていた。だから、雫をよろしくお願いします。雫も望んでいると思います」だって。この時点では、まだ「ゆずる英治」なんだよね。
ミオと先生の飲みのシーンは良かった。っていうか、ミオって本当に英治以外といる時が魅力的なんだよね。「お花屋さんに会いたいなあ」とか言っても、全然愛情感じられず。「なぜこの人だけが特別なのか?」というのが、博愛のなかに埋もれてしまっているというか・・・。ミオは英治に手紙を。「あなたと雫ちゃんなら、必ず乗り越えると信じている。深いつながりがある。一緒に住んだら家族になる。変わらず優しくしてくれた貴方を思い出すと悲しい気持ちになる。お花屋さんと呼ばれると幸せになるという小さな幸せ。あなたのようには愛という意味も幸せを知らない。優しくて悲しい。あなたに包まれて小鳥のように幸せでした。忘れません。ごめんなさい。ありがとう。さようなら」英治の愛は割と薄っぺらいし、小さな幸せは「あなた以外は誰も知らない」なんて、むちゃ傲慢じゃないか?こういうちょっとしたセリフがな。
英治は、花屋を再開。薔薇の花の取り扱いも始めます。ここで、第一段階の大きな変化です。花言葉を考えると、バラを置かなかったのは「忘れてしまおう」と思えなかったから。それは、ルイのことであり、誰かを傷つけてしまう自分を覚えておこうとしてたってことなのかな?でも、バラ=棘のある自分と思ってたのならば、「誰かを傷つける自分の象徴」を身近に置いた方が戒めになる気もするんだよね。「売りたくない」ってのは分かるけど、売らないけど部屋には飾るとかいう手もあったよな。ま、今回は置き始めた理由としては、過去の罪悪感を捨てると同時に、「ミオやルイとともに去ってしまった幸せや、過去に受けた傷」を忘れて未来を見なければなければって意味が強いかな。
英治は久々に雫と再会。仲良くデートする二人微笑ましい。しかし、遠慮してる雫が健気すぎる。「ありがとう」とか言っちゃって。
一年後。平川バラ園とメールのやりとりをしている英治。なんと、薔薇園を経営しているのはミオ親子。そんなにバラ園やるのは簡単か!素人の菱田さんの指導があっても無理だろう。経営じゃなくて、バイトとして修業中だって構わないんだし、名前が必要なら父親の「平川」姓を使ったって良いわけだしさ。細部をこだわろうよ!薔薇園をやるっていうのは、薔薇である英治を慈しもうという気持ちだから、それは美しいと思うけどね。
この一年後の英治もなあ。笑顔一つとっても初回とは違う笑顔じゃなくちゃならんのではないだろうか?薔薇を扱うようになって一年の英治なんだしさ。ミオを失ったことや、ノーヒントで探せってのは「探さないで」ってことかと思って、それが傷になっているとしても、失ったとしても始めて愛してくれた人との経験を通過しているわけで。思いついてミオ父の苗字を聞いた英治は、雫をつれてバラ園に。「愛してる」と告げた英治。こちらも「体中に棘がある」薔薇のミオ。でも、抱きしめて「バラの花言葉は忘れてしまおう」と。嫌な過去は忘れていいだって。
英治の誕生日。みなさん勢ぞろい。菱田さんはミオの代わりに薔薇園に。そしてミオは戻ってくる。思わず泣いちゃって逃げだそうとした英治。「怖がって逃げないで幸せの真ん中に。誰の手も離さない。ここにふさわしい人だから」とミオが。ハッピーエンド。
あの虐待された男の子が薔薇の花を持ってやってきた。(苦しくなったんだね)で、英治が言ってあげられることは「それでも人生は素晴らしい」。

このエピローグ。愛してると告げた後、幸せから逃げなかった誕生会と、2段階の変化点があります。しかし、全部が初回の英治と同じ演技。これ、香取君のせいじゃないと思うんですよ。毎度のように絵に拘ってスケジュールがきつくなって、役者の演技を吟味する余裕がなくなったんじゃないのかな~。正直、最後3話の香取君の演技は。「今のはNGにしてあげないと役者が可哀想」ってレベルのが沢山あった5話レビューで、「香取君の演技の問題点」について考察しました。しかし、結局は「香取君の予測したストーリーとは違った方向に流れたのが悪かった」という気持ちが強くなりました。段々と過去が明らかになるという形式であったため、修正をかけにくい面があったと思います。脚本、演出、役者の意思疎通が徹底できなかったのではないでしょうか?それは野島脚本を読み取る演出・役者の能力の問題でもあり、伝える側の野島脚本の問題でもあったと思います。
毎回、今度こそと思いながら、不作を続ける野島さん。いっそのこと、ゴールデンボウルみたいなの書いてほしいなあ。
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| 薔薇のない花屋 | 21:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP















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