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旧約聖書を知っていますか (新潮文庫)新約聖書を知っていますか (新潮文庫)ドラマ「魔王」において、キリスト教の影響はかなり明確です。
しかし、多神教文化で生まれ育った私にとって、この宗教はなかなか理解しがたいものがあります。西洋の芸術に触れれば、自然とキリスト教の影響を感じることになります。美術・文芸・音楽・映画・・・。「聖書に詳しければな・・・」と思ったことがあるのは、私だけではないでしょう。芸術だけでなく、哲学や科学、政治にも色濃い影響があり、西洋文化のベースになっている宗教について、知って損はないハズ。そういう下心で聖書をパラパラと読んだことがあります

ですが下心があるからダメなのか!!聖書は読んだだけで簡単に理解できるものではありません。
神の教えが簡単に分かる訳がない。それが、当たり前なのかもしれません。しかし、「なんでこう、神様は理不尽なんだよ」って気がするんです。軟弱野郎な私にとって、この神は厳しすぎ、難解すぎる!

そんな非信者の気持に沿いながら、聖書をダイジェスト的に語ってくれるエッセイがあります。阿刀田高さんの「旧約聖書を知っていますか」「新約聖書を知っていますか」です。新潮文庫になり、○○フェアみたいなキャンペーンにもよく入っている定番で、私も何度か読み直してます。

聖書をやさしく解説する本というのは沢山あります。しかし、多くが信者でもある作家が書いたものなのです。
阿刀田さんは、私が聖書を読んでいて「・・・」と言いようのない気持ちになった部分を、巧みに言葉にしてくれます。その上で「自分の常識で考えようとせずに、まず彼等の考え方を理解しようとしてみよう」という試みをやってくれます。そういう「自分とは違う思考のパターン」と知ることができるだけでも、聖書を読む助けになっていくと思います。
「なにせ、神の伝えた言葉。簡単に分からなくて当たり前だ」そう思えるだけでも、取り組むのが楽になるってものです。

そんな楽な気持になってから、今回のドラマに関係がありそうな、人類最初の殺人「カインとアベル」の話について考えてみたいと思います。

繰り返しになりますが、私は「聖書をパラパラめくったことがある」程度の経験しかありません。間違って理解していること、誤解していること、表現に不敬な所などがあるかも知れません。温かい気持ちで見守って頂けると幸いです・・・。


人類最初の殺人として、知っている人が多い話だと思います。おおざっぱに言うと、神への捧げものを褒めてもらえなかったカインは弟・アベルを妬み、アベルを殺しエデンの東に追放される・・・。このお話の中で、アベル殺害後に「アベルはどこへ行った?」と神に問われたカインが、「私は永遠に弟の監視者なのか?」と知らぬ振りをし、これが人間が最初についた嘘ともされています。
兄弟の葛藤というモチーフから、ジェームス・ディーン主演映画「エデンの東」などが作られたりもします。兄弟・父と息子というモチーフは、「魔王」でもかなり大きなテーマとして取り上げられていますね。
とても有名な話ですが、聖書にどのように書かれているのでしょう?旧約聖書の「創世記」4章にあたる部分です。引用します。
(前略)
時を経て、カインは土の実りを主のもとに献げ物として持って来た。
アベルは羊の群れの中から肥えた初子を持って来た。主はアベルとその献げ物に目を留められたが、
カインとその献げ物には目を留められなかった。カインは激しく怒って顔を伏せた。
主はカインに言われた。「どうして怒るのか。どうして顔を伏せるのか。
もしお前が正しいのなら、顔を上げられるはずではないか。正しくないなら、罪は戸口で待ち伏せており、お前を求める。お前はそれを支配せねばならない。」
カインが弟アベルに言葉をかけ、二人が野原に着いたとき、カインは弟アベルを襲って殺した。
(後略)
日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 4章カインとアベル 3-8節)

殺人に至る経緯です。
どうですか?初めて読んだ私は、「神様は、なんで、カインの献ぎ物を無視するんだよ~」と思ってしまいました。だって、エコひいきじゃねーのー??どうして??
だから弟を殺して良いってことにはなりませんが、全知全能の神様なら意地悪しないで殺人を未然に防いでくれれば良かったのに~!!と言いたくなってしまった。
これについては、いろいろな解釈があるみたいです。
1.主(神)と約束を交わしたイスラエルの民は本来遊牧民であったから、主は遊牧をするアベルをより愛したという解釈。
2.カインが主の指示した方法を無視したからであるという解釈。罪を購うためには血の献じ物が必要であり、穀物(土の実り)では献じ物にはならないというわけです。(旧約では動物が、キリストが現れて新しい契約をした後は、キリストが十字架で流した血が生贄であると考えられている)
3.「神様のやることなんだから、そこに人間の感情や倫理観や価値基準を持ち込んではならぬ。主の御意志が人に分かる訳がない」という解釈。

魔王」を読み解くヒントとなるのは、3の考え方のような気がします。刑事にも弁護士にも「どうしてこうなるんだ??」という切実な叫びがあります。それは、神のなされることの意味が分からないからです。理由が分かれば諦めがつくことも、神の意図するところが分からないがために、より大きく苦しむ。
しかし、人生にはそういうことが沢山起ります。「何故自分だけがこのような目に遭う?神様は贔屓をしている。なぜ、私を愛して下さらない・・・」と感じ、神、そして神の作られたこの世界への信頼が揺らぐ。
これは「神」を信じていなくても、理不尽な不幸に襲われて「世界から拒絶されている」と感じるという状態に近いと思います。青少年の多くは、一度は通る道って気もしますね。世の不条理への怒り。
人々が勧善懲悪、因果応報の物語に「スッとする」のは、それだけ世が不条理に満ちていて、そのことが不満になっているということでもあるのでしょう。「魔王」の弁護士は復讐によって「因果応報」を実現し、不条理に対抗しようとしています。

聖書に戻りましょう。
怒るカインに対し、主は「顔を上げて、私を見よ」と語りかけています。「理解できなくても、私を見上げ、信じ続けよ」と語りかけている。カインへの愛がなくなったわけではありません。3.の考え方では、この時点でカインは何の罪も犯していません。捧げ物に目を留めて貰えなかったのも、カインが何か悪いことをしたからではありません。原因はないんです。だから、カインは顔をそむける必要はない。
主はカインを気遣いますが、カインは目を背けつづけました。カインはこの時に、「主から目を背ける」という間違いを犯したのです。その結果、主から守ってもらうことができず、悪魔に魅入られて殺人を犯してしまいます。

魔王」において、弁護士はルシファーに模されています。ルシファーも、神が人を愛されることに嫉妬して、神に反乱をおこした天使です。「嫉妬」というのはホントに怖いですね。
弁護士のやっている復讐計画には、「偶然」が計画的に組み込まれています。韓国版では、後になるほど明確な殺意があり、「偶然」に支配されない事件になるように配置されています。計画は「偶然」をつかさどる神に対する挑戦であり、結果は神からの回答だと弁護士は認識していると思います。(実際は、神のなされることは人間の問いなどとは次元が違うと思います。だから「神からの回答のように”弁護士には”見える」ということなのかもしれません。このことについては、後述します)

さて、殺人を犯したカインは、その後どうなったでしょうか?
(前略)
主はカインに言われた。「お前の弟アベルは、どこにいるのか。」カインは答えた。「知りません。わたしは弟の番人でしょうか。」
主は言われた。「何ということをしたのか。お前の弟の血が土の中からわたしに向かって叫んでいる。
今、お前は呪われる者となった。お前が流した弟の血を、口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。
土を耕しても、土はもはやお前のために作物を産み出すことはない。お前は地上をさまよい、さすらう者となる。」
カインは主に言った。「わたしの罪は重すぎて負いきれません。
今日、あなたがわたしをこの土地から追放なさり、わたしが御顔から隠されて、地上をさまよい、さすらう者となってしまえば、わたしに出会う者はだれであれ、わたしを殺すでしょう。」
主はカインに言われた。「いや、それゆえカインを殺す者は、だれであれ七倍の復讐を受けるであろう。」主はカインに出会う者がだれも彼を撃つことのないように、カインにしるしを付けられた。
カインは主の前を去り、エデンの東、ノド(さすらい)の地に住んだ。
(後略)
日本聖書協会『聖書 新共同訳』 創世記 4章カインとアベル9-16節)

冒頭の問答から考えてみましょう。神は、カインがアベルを守り、慈しみ、活かすことを期待しているようです。(「魔王」内でも、兄と弟というモチーフは繰り返し使われていますね)しかし、兄として弟を守ることよりも、子として神に愛されることを望み、裏切られたと感じたカインは、そこから悪魔に付け入られてしまいました。
アベルについて問われたカインは、「知らぬ」と嘘をつきます。これは、人類初めての嘘だと言われています。神から顔をそむけた結果、殺人と嘘という悪事に染まってしまったカイン。

魔王」刑事も同様に、「殺害」→「嘘」という罪を犯しています。これは、神から目をそらしたことが原因です。少年時代の刑事は、親に否定され、愛情も信頼も知らず、「世界に拒絶されている」と感じていました。愛を疑った瞬間、カインも刑事も、この罪へとつづく道を歩き始めてしまった。

聖書に戻りましょう。
相手は神です。嘘ついたってバレバレです。祝福された土地を追われ、作物の恵みも奪われて、カインはエデンの東をさすらうことになります。
しかし、神はカインを見殺しにはしませんでした。「罪が重すぎて背負い切れません」と無心に訴えたカインに対して、「しるし」を付けて守ってくれているのです。
しるしによって命を守られ、罪を背負い、苦痛多い人生を生きるカイン。カインは多くの子孫を生みます。(後略)した創世記4章19-26節では、カインの子孫の系譜が語られます。「作物の恵み」を得るものでなく、音楽を奏でるユバルや技術に従事するトバル・カインなどが、カインの子孫として現れます。

「魔王」の刑事にも、「生きて苦しみぬく」という道が与えられます。真摯に「正しいものになりたい」という願った刑事に対して、神の「しるし」が授けられ、刑事のさすらいの12年が始まります。
刑事が、「神を信じて良いのか?俺に神を信じる資格があるか?神は俺を愛してくれているのか?」という疑問に襲われることは、この12年間にも頻繁にあったでしょう。そう疑問に思うことは、神から顔をそむけることです。そのたびに、「顔を上げよ」と神が語りかける。
刑事にとっては「刑事という職業」が自分の身を守る「しるし」だったと思います。罪に落ちそうになる自分を律する「しるし」。韓国版の刑事は「人間であるまえに、刑事でありつづける」ことに拘り、それが「自分を守るすべ」だと信じています。
刑事は(そして全ての人は)、悪意と戦いながら生きることを宿命づけられた、カインの末裔と言えると思います。

「魔王」における、弁護士の復讐計画について、再度考えてみたいと思います。
彼は「何故だ?」という問いを抱えたまま、長い時間を過ごします。そして、復讐という手段に偶然を組み込んで、直接「神の答え」を聞こうとします。神は、弁護士の復讐計画を支持するかのように、ことごとく有利な「偶然」を授けてくれたように見えます。「神は因果応報を望んでいる・・・」と弁護士は思うでしょう。しかし、「因果応報」が実現すればするほど、「では、死んだ家族はどんな罪を犯したのだ?」という、根本的な疑問がわきあがってしまいます。
弁護士の復讐計画が破たんするのは、弁護士に感情が芽生えるからというだけでなく、そもそも計画に矛盾を抱えているからではないか?と私は思っています。

結局、どれほど復讐をしても、弁護士は「なぜ?」という問いからは抜け出ることはできません。そこから抜け出るには、「神に理由を問うても仕方がない。しかし、神は私たちを愛してくれているのだ」と実感することしかありません。それを伝えるのは、カインの末裔である「刑事」です。かつて、嫉妬により神を見失い、罪を犯し、追放されてもなお、神の恩恵を得る男。

まとまりのない文章になってしまいましたが、「魔王」の登場人物たちについて、カインとアベルの伝説を通して、考えなおしてみました。
結論は出ません。簡単に理解できることでもないと思っています。今の私の解釈ということで、書き記しておきます。

時間があったら、聖書の説く「罪を許すということは何か?」というテーマで、次は考えてみたいと思います。
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| 魔王(日本版) | 22:20 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP















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