FC2ブログ
  • 08月
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 10月

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

銭ゲバ 9話

うーん。イマイチ。命題の提示だけで終わっている気がするんですよね。「世の中銭ズラ」なんてのは、ある程度分かり切ってることじゃないですか。じゃあ、そこから何を生み出すのかってのが、現代の作品として求められることだと思うんですよね。
別に正解じゃなくてもよい。間違っていても良い。でも、作り手なりのチャレンジというか、命題への対峙の仕方をもっと表現してほしかったなあ。
そもそも「銭」とは何か?っていう部分の掘り下げが弱かったのも気になります。

やっぱり、岡田さんは甘い優しい人なんですよね。風太郎の愚かさに「馬鹿じゃね」っていう突き放しが出来ないのが、岡田脚本らしい。情でドラマを描いてしまっていて、冷徹に社会や風太郎を見つめる視線を保てない。でも、岡田脚本の良さっていうのは、その甘さだったりもするからねえ。

初回で「銭ズラ」という命題が提示されたけど、それが全てでしたね。その命題に対する答えというか、掘り下げは「ありふれた奇跡」の方が色々と触発される描写が多かったな。レビューではあんまりふれてないんですが、お金のやり取りが生活に密着してるんですよ。その上、金の流れに沿って出来る微妙な支配・被支配関係や、その関係の軋みみたいなのを丁寧に掬い取ってますよね。金があることで勇気が出たりするって側面なんかも凄く良くかけてる。
銭ゲバというドラマがあることで、より深く「ありふれた奇跡」を楽しめたって気はします。ただ、残念ながら、銭ゲバ本体には、それほど深いものを感じなかった。

さて、最終話レビュー
ドラマを素直に見ると、導火線着火→「みんな銭ゲバだ」とラストにあったコメント→幸せを妄想→死ぬのが怖くなって唾で火を消そうとする→火が付いて死亡ですね。ただ、「みんな銭ゲバだ」っていうのが、ちょっと唐突なんですよ。妄想も、幸せをしらない風太郎らしい陳腐さなんだけど、所々で出てくる言葉が「これは風太郎の中から出ないだろう~」って感じがした。

だから、苦しみながら死んだと思ってたのはみどりの妄想なのかな?とも思います。ただ、風太郎しかしらない事実も入っているんで、この辺は矛盾したものになってますね。

その妄想ですが、初期設定で金があれば幸せになれたっていう妄想。陳腐だし、現実はそんな簡単じゃないけど。受験とか、この幸せにも勝ち負けがあるし、金じゃ能力は買えないんだけどね。
初期設定が大事だから、「金があれば幸せになれる」=俺が正しかったという風太郎の裏付けにも一応なってる。
他人は「金じゃない」というけど、それは最低限の金があるから。その最低限の金は誰かから奪った金だということを、自覚していない。ラストメッセージはそう言いたいんだろうね。でも、金はすべて誰かから奪うものだっていう発想が特殊だよね。まずは労働で金を得る。誰かに何かをしてあげたいという気持ちの結果として、「生まれた時から金持ちの人間」が出来る。それは奪ったということなのか?

次段階。妄想してる間は死への恐怖なんてないんだけど、その妄想が破たんしたときに、恐怖にとらわれて死ぬ。(これが緑の妄想でも現実でも、制作者がそういう可能性を提示したいって意味では、実際は大きな差はない)

風太郎のラストの演説は「お望みどおりに死んでやる」俺は、この社会から弾かれたが、純粋な獣だって宣言で、納得して死んでいったという主張。金って言うのは、「自由に欲を満たす権利をある程度買える」という意味もあって、だから「死ぬ自由」こそが究極の金って感じなのかな?と思った。
ただ、三国父死亡後の風太郎は、そういう「生きてやる」という獣部分が亡くなってしまって、そのままズルズルと死にに行ったので、あの演説には、かなり唐突に感じました。
そう思うと、苦しんだ方が実像かなあ~って気もするんですよね。なんとなく、面倒になって死のうとしたけど、死を目の前にしたことで生きたくなるって感じの方が、風太郎の心理的流れには乗っている気がします。
「死にたくない」と言わせるには、「決意なしに何となく死ぬ」っていう前提が必要になり、そこで原作とは離れてしまったんだろうな。

原作は、徹底的に金で欲望を満たして言ったあとに、自叙伝を書くことになる。自分の真実は明かせないので嘘を書くんだけど、そこで「幸せな妄想」をしてしまい、それが自殺の引き金になる。それを認めたら負けになる。破たんしないために、負けないために死ぬ。それは、「殺してでも生き残ってやる。勝つ」という風太郎らしさが最後まで貫かれてますよね。遺書は「いつも私だけが正しかった。この世にもし真実があるとしたら、それは私だ。私が死ぬのは悪しきものどもから私の心を守るためだ。私は死ぬ。私の勝ちだ。私は人生に勝った」と記されている。

原作とドラマの風太郎はキャラクタが違ってる。それでも、原作の「俺は勝った」という主張も入れたくて、こんな構成になったのかな?中途半端な書き方になった気がしますね。ドラマで作った流れと、原作の主張がずれてしまったときに、制作側がどっちも捨てられなかったように感じました。
「考えてほしいから」というつもりかもしれないけど、私は「制作者ももっとちゃんと考えろ。あきらかな矛盾くらいは排除しておけ」って思います。考えるっていうのは、一つ一つ議論を固めて積み上げていくってことをある程度しないと、高みには登れない。制作者がある程度腹を決めて、「自分の主張」を提示してほしい。
風太郎は、いろんなことを白黒に分けようとして、その狭間で苦しんでるっていう意図は読み取れるんだけど、なんか呻いてるだけだった。
金が必要なのも、金だけじゃ幸せになれないことも、言い尽くされてるじゃないですか。「そんなことわかってますが何か?」というのが現実で、そこでいかに生きていくかを問われてる段階に時代はきていると思うんですよね。白と黒の狭間で生き抜くことの意味について、掘り下げ切れなかったように思う。

主張が定まらない製作者の意図を考える事と、テーマそのものについて考えることは違う。大事なのは後者なのに、前者にばかり気を取られてしまうドラマというのは、本当に「考えさせるドラマ」なのだろうか。そんなことを考えてしまいました。

風太郎の死後として、金でなぶった人たちも、金があれば幸せな日常に戻っていけるというエンディング。
風太郎が「盗んだお金」で幸せになった彼らもある意味では「銭ゲバ」。そこから目をそらしてるとラストメッセージは言いたいのかもしれないけど、「金じゃないよ」という人たちは、「自分が受け取ったのは金ではなく、金というものに代替された愛だ」という主張。妄想の風太郎父が語る「子供に何かをしてやりたいという思い」みたいなのも近い。緑が父親から受けた愛でもある。「汚い金が愛を代替してる」という部分は、もっと掘り下げる価値があったと思うんだよなあ。

風太郎は結局は、伊豆屋さんや刑事を助けることになった。でも、風太郎は、「金がある」状態になって初めて「誰かを助ける」と思った。でも、彼等は「金がない状態だからこそ、自分を売ってでも助けたい」と思った。これは、結構大きな違いなんじゃないかと・・・。彼等は、社会の中で、愛に束縛されていることを重要視してる人たちなんですよね。

うーん。いまいち纏りのないレビューになりましたが、「銭ゲバ」という原作から受けた衝撃をドラマにしたいという思いだけは伝わりました。原作ものってそんなものかもなあ。


イマイチまとまらない思考について、メモにしておきます。
・父親はもったいなかったです。原作と変えてたけど、「自由に縛られずに生きたい。善悪とか金の有無とかを超越したい。」っていうのは、風太郎の基準で図れる人間じゃない。異次元のものと出会い、価値観が揺らぐってのは、面白いところだと思うんだよねえ。父親ともう一寸ガッツリ絡ませてみたかったなあ。

金銭や欲についての考え方については、極端にデフォルメした上に、
対立するものをちゃんと激突させてないので、薄っぺらい表現になってしまってるよね。

欲望を支配するための苦闘とかも、もっとギリギリ書いてほしかったなあ。

・何で死んだのか?
風太郎が死んだ理由は色々と考えられますが、結局は緑の言う「もう追い詰められちゃって、面倒だから」っていうのが大きいんでしょう。

緑や父などが金から自由な状態で「僕が正しいと分かった」というのはロジックとして無理があるし、人間の醜さに絶望したっていうのも今さら感がある。

伊豆屋は「殺人さえしてなければ」と始めから言っていて、「家族への愛はあっても社会的な悪に対しては緩い」存在として始めからあるわけで、刃物もったからと言って「汚い」とはなるのが可笑しい。「お前らみたいな・・」という暴言は、「家族に入れてもらえなかった恨み事」だろう。

風太郎の理論、「生きるために銭を得るためなら人を殺しても良い。」というのであれば、人を殺すだけの気力もない人間には生きる権利はない。緑も伊豆屋も父も、身を脅かすのに、もう殺さない風太郎。殺すのも面倒だし、生きてるのも面倒になってる。ハンパな生物になったら、生きる資格はないよなあ。じゃあ、死んじゃおっかなあ~ってなもんで、気分で自殺。

風太郎は、口ではゴタゴタ言っているけど、そんなに細かく考えてなくて、なんとなく・・・なんだろうね。理屈をち密に考えられる人間なら、父親やら緑やらともっと論戦を張るだろうし、そもそもこんなに杜撰な犯罪しないだろう。
クリックよろしくお願いします→ 拍手する

| 銭ゲバ | 12:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP















非公開コメント

http://utw0405.blog46.fc2.com/tb.php/3302-4baded20

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

魔王 DVD-BOX 1 復活 DVD-BOX 1 家族の誕生 [DVD] 私の恋 [DVD] 済州島の青い夜 [DVD]