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龍の涙64話

バンウォン怖いな~。自分の危機を、即座に反対勢力あぶりだしに使うとは!!
さらに、宮殿内の不穏分子・王の側室まで揺さぶってるし・・・。
呼び戻された父ソンゲまで、王に「いまこそバンウォンを殺すときだ~」とか言ってるし・・・・。まあ太子を殺された恨みとかあるんだろうし、高麗王朝の恨みを買ってるであろうバンウォンを王の血筋とすることに、不安があるのかな~。怨霊とかを信じる気持のある時代だろうしねえ~。でも、あんたの子供だろ~とも思う。
あらすじ(公式から)
チョ・サイの刺客に奇襲されたバンウォンは、左腕に毒矢を受ける。バンウォンを診察した典医は、毒が強かったため助かる可能性は極めて低いと告げる。バンウォン危篤の報が宮殿を巡った。慌てるバングァと、頭を抱える重臣たち。功臣たちが今後の相談をしている中、ハ・リュンが私兵解体の手法についてバンウォンに批判的な意見を出すと、イ・ゴイ、イ・チョヌ、チョ・ヨンムらが賛同した。その頃、宮殿に戻ったイ・ソンゲは…。




この回には関係ない話ですが、時代背景を・・・。
朝鮮王朝建国は1393年。日本は室町時代。足利義満の時代。南北朝統一がなされたのが1392年ですから、日本も朝鮮半島も、時を前後して政権交代が行われたことになります。

当時の日本は、鎌倉→南北朝→室町にいたる大きな変革期にあたります。初めての武士政権である鎌倉幕府が「二度の元寇」に対する守備活動を行った武士たちに「土地」という形での恩給を払えないという事態になります、北条家の公家化が進んでいたこともあり、「武士の棟梁」である足利高氏によって鎌倉幕府が崩壊。足利をトップとする武士集団と、政権を武士から取り戻そうとする後醍醐天皇との間で綱引きが行われ、最終的に室町幕府側が勝利することになりました。これが、最近見ている昔の大河ドラマ「太平記」の時代。その少し後です。室町時代は、荘園制度→守護両国制への移行などが進められます。名門武家・公家を始めとする旧来の支配勢力が、生産力向上に伴い力をつけてきた国人・商人・農民などに押されて力を失っていく時代でもあります。

朝鮮半島に大きな影響を与える中華平原では、1368年に元は明に政権を奪取されます。これは、後継者争い+伝染病(ペストと同じようなものではないかと言われている)によって弱体化したことが原因になっていると言われています。建国者である洪武帝は統一後は内政の充実を重視。しかし1398年に死去したあとに後継者争いが・・・。1402年に永楽帝が即位して、また領土拡大に政策が転換されます。
同じころ、朝鮮半島でも激しい後継者争いがされていますね。第二次王子の乱が1400年ですから、それまでは混乱することになります。

朝鮮王朝が建国された時期は、元→明への混乱期+倭寇の襲撃などで、武人が台頭しています。。建国者イ・ソンゲも武人としての功績で地位を挙げてきた人です。明が建国されても、長年の元との関係もあって「親明」「親元」で意見が対立。イ・ソンゲはもともと「親明派」だったこともあり、1388年に遼東征伐に反対して「回軍」を行います。

朝鮮王朝は、このようにもともとは「武人」の国家ですが、国家形態としては「王制」を取っています。
「事大主義(中国様にはさからいません~。小さき者は大きなものに従い、大きなものは小さきものを守る」が基本姿勢ですから、武力も防衛としての機能が基本。朝鮮王朝としての領土拡大の可能性が低いので、鎌倉幕府のような「御恩と奉公」的な統治はおこないにくいという側面もあるのではないかと思います。遼東平原への国土拡大を夢見るのは、農業を基本としたじだいなので、農地拡大→国力アップという側面もあります。

仏教を禁じたのは「高麗が仏教国だったから」だけではなく、寺院の私領を国家のものとする側面もあるようです。日本における荘園制度の変革と似たようなことが起きているわけですね。
バンウォンが進めている「私兵解体」も、王制強化の一環です。

朝鮮王朝は、様々な波乱と混乱を迎えながらも1910年まで続きます。世宗による官僚主導政治→その息子である世祖による強固な王権主義→科挙官僚という新興勢力の台頭という感じで支配階級も変遷します。

テワンセジョンで扱ったバンウォンの息子「世宗」さんは、「論争こそが最良の選択」みたいな方針だったけど、論争と言う名の派閥争いが凄いんですよね。「派閥争いではなく論議で最良の道を模索せよ」って言いたかったんだろうけど、理想論ではなかなか政治は回りませんもんね・・・。
派閥争いの陰には、外交政策の対立も大きく作用してます。特に、豊臣秀吉の朝鮮出兵と、明→清の変化は大きな影響を与えました。

また、もうひとつの葛藤として、王vs臣下たちのパワーゲームがあります。バンウォンも苦労してますが、どの時代をあつかった朝鮮王朝ものドラマでも大きなテーマになっていると思います。
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| 龍の涙 | 20:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP















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